足りないものは何か

 糸井重里さんのWebsiteのほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)の記事を読んでいて、おもしろかったもの。クロネコヤマト東日本大震災のときにどう動いて、どういう風に被災者に関わったのか、そしてその背景にある会社の思想をインタビュー記事にしたものです。

クロネコヤマトのDNA
http://www.1101.com/yamato/index.html



自分が代表という発想

糸井 クロネコヤマトのDNAが、社員にしみついている。つまりそれは、昔からの企業理念のような‥‥?

木川 そうですね。うちの社訓に、「ヤマトは我なり」ということばがあります。「ひとりひとりが会社の代表である」という意識を持ちなさい、という意味です。

 震災直後に、被災したクロネコの社員は、本社の指示を待つことなく、自分の判断で被災者のための支援物資を運ぶように申し出て動いていたんだそうです。トラックも、ガソリンも基本的に会社の資産ですから、現場が勝手に判断することは一般的に考えてできませんが、この会社は、自分自身が会社そのものだと思って行動するように教育してあるようで、社員も自分の意志で動くことに何の疑問もなく動けたのだそうです。基本的にクロネコヤマトの功績をたたえる記事ですし、読んでいくと吸い込まれるようにクロネコさんが如何にすばらしい会社思想をもっているのかが読み取れます。

インタビュー記事なので仕方ないことですが、運送業界の悪いことは基本的に書いていません。運送業は、良くも悪くも社会を裏側で支えている業種ですから、色々な人が出入りするし、やめていく人も多い。評判が悪い運送業者もいるし、荷物の扱いが雑な業者もあります。実際、運送業でしばらくバイトをすると、どういう業界なのか漠然とつかめます。

 だから逆に、面白く読むことができました。多分運送業は本来、荷物を宅配できれば商売にはなるんですよね。だから、別に学歴関係なく、トラックの運転と荷物を運べる体力があればできる仕事です。でも、きちんとした思想をもっていないと、いつかは躓いてしまいます。

 荷物の誤配や扱いのぞんざいさでクレームが来ることもあるし、荷物の受け渡しのときの態度で会社の印象は随分変わります。誤配をした相手によっては、大問題になることもあります。漫然と荷物を運ぶだけの姿勢で運送業をしていると、必ずどこかで問題が起こりますし、配送の現場の人間の姿勢にもかなり影響します。よく聞く話では、配達に来たドライバーが、客の態度が高慢だったので仕返しをしたとか、配達時間をわざとドライバーに都合よく調整してサボっていたとか、宅配業者側のひどい話もありますが、会社の思想がしっかりしているところはそういったトラブルは少ないはずです。

 ちいさくても、現場のミスを繰り返していくと、段々と客がつかなくなる。逆説的に言えば、現場に権限をしっかり与えて、筋の通った思想をもった人が配達していると、その会社のイメージは上がるんでしょうね。実際荷主や受取人が関わるのは末端の配達するドライバーなわけですから、”宅配にくる人=その会社そのもの”というのは、根本的に正しい考え方なはずです。でもそれがなかなかできない。このできない事をやっているからクロネコヤマトは強いんだなぁと思い知らされる記事です。 




ロジスティックスという発想

木川 そう。必然的に「後入れ先出し」になるんです。後から来たものを最初に出す。
いちばん最初に入れたものが食料品だったら、賞味期限が切れてしまいます。

木川 そういう状況をロジスティックスの専門家が仕切ると、うまく回転がはじまるんです。たとえば、気仙沼市では、「ぜんぶヤマトに任せる」ということになりました。もう自分たちの手に負えないと。それで、大混乱してる状態でぼくらが引き受けて、2日目には完璧に「どこに何がいくつあるか」をパソコンに入力し、その置き場所のレイアウトも完了しました。

 宅配業者は恐らく今でも労働環境としては良くないでしょう。みな体を酷使して働いている業界だと思います。特にお中元、お歳暮、クリスマスシーズンは狂ったように荷物が来るし、荷物のマネジメントが下手な営業所や会社で働いている人たちは残業で夜遅くまで働いているでしょう。そこに荷物のマネジメントのスペシャリストが仕切ると、劇的に改善されます。もちろん現場の人は良く知っているのですが、それも人によってまちまち。大体現場には半数以上のバイトが混じっていますから、全てがスペシャリストではありません。地震直後の被災地はそれ以上の混乱だったでしょう。支援物資が届けど届けど、被災者までは送られてこない。気仙沼のように、スペシャリストに一括でお任せしたところはうまく回ったとしても、殆どの自治体は、こういう概念がなかったはずです。

 多分こういう概念自体が日本にはあまり普及していないのかもしれないし、補給の重要性は根本的にこの島国から抜け落ちているのかもしれません。その点では、他の国、特に戦争を日常的に行っている国では、よりシステマチックに補給の事を考えているでしょうから、震災の際の支援物資の整理には、ロジスティックスのスペシャリストを直ぐに呼んで体制を整えるかもしれません。

 アメリカが911で2001年に複数の飛行機がテロに合ったとき、その他多くのアメリカ上空を飛んでいた飛行機は着陸できずにいました。それらの飛行機はテロリストにハイジャックをされている疑いがあったので、強制的に他の空港に着陸をせざるを得なかったのです。

  そこに乗っていた乗客は、当然目的地にはたどり着けません。たとえば、アメリカのどこかの都市に行く予定だった飛行機がカナダのトロントに着陸していたり、自分がどこに着いたのか分らなかった乗客は多くいたでしょう。持っていたのは、手提げかばん一個だったり、着替えも食料もなかった人も多くいたはずです。カナダでは、そういう人たちをボランティアの人たちがバックアップしたそうです。スクールバスを大量にチャーターして(スクールバスは結構フレキシブルにシャトルバスとしてチャーターされます)ローカルな空港に降りざるを得なかった人たちを主要な国際空港まで送り届けたり、食料をあちこちの中継地に用意していたり。誰が音頭を取ったのか分りませんし、誰も取らなかったのかもしれないけれど、多分この国の人たちはイザというときの輸送に慣れているのでしょう。補給、輸送の概念が生活の中にあるから、ひどく混乱することなく、被災(といってもいい)した乗客たちを中継して行くことができたのだと思います。


スペシャリストに任せるという発想

木川 気仙沼が救援物資で大混乱してるというので、見るに見かねて「ロジスティックスの専門家を送り込みますよ」と提案しましたら、「全面的にお任せします」と。

糸井 そうですか。気仙沼っていうのは、すごく改革的ですよね。ぼくらもいま、やりとりをしている気仙沼の人が多いんですが、「無から有を生じせしめる」みたいな、気迫があるんですよ、みなさんに。

糸井 ‥‥ということは逆に、「それはちょっと」と、お断りになる市町村もあったわけですか。

木川 ありました。われわれの善意は受けとめてくださるのですが、現場の指揮命令権は手放したくない、そこは自分たちの責任であると。ご自分たちでがんばられた市町村もたくさんありました。

http://www.1101.com/yamato/2011-08-22.html

気仙沼で支援物資の配給がうまく行ったのは、ひとえに気仙沼市自身がスペシャリストに任せる決断をしたからでしょう。他の市町村では、そういう発想は無かった。自分達でやらなくてはという考えが先行したのでしょうが、うまくスペシャリストを使うという発想が無かったのも事実です。余計なところに力を使わず、信頼できる専門家がいるなら丸投げでも任せてしまう。その代わり、その他のところに力を注ぐ。そういう任せるという発想が無かったのは残念だったといわざるを得ません。


何が足りないか

 日本での報道を見ていて、不思議だなぁと思ったのは、何でこういう話(ヤマトのインタビューのような話)がもっともっと表に出ないのかということ。震災後はなにか美談とか、悲惨な話とか、復興がんばってます、みたいな話ばかりで、いったいこの国に何が足りないのか、どういう概念が必要なのかという観点から記事を書いているものは殆ど見たことがありませんが(あったら教えてほしいくらい)、多分日本が復興するために、そして次のイザというときのために必要なのは考え方の転換なんだと思います。