書き順なんてドウデモイイ論理ができるまで

 Shunはここ1年ひらがな⇒カタカナ⇒漢字と小学校で読み書きできるようになっていっているのですが、担任がかなり厳しく文字の形をチェックしています。ぱっと見た漢字では丁寧に書いた子供の字を、1㎜でも先生の考える理想と異なると×にする、という苦行のような宿題を半年ほど課していました。その結果どうなったかというと、Shunのモチベーションはダダ下がり。どうせ罰になるんだから、適当に書けばいい、というモードになりました。ひらがなの書き取りで苦戦した後、その後、カタカナになってからは大分丸をもらう頻度が増え、漢字になると益々〇が増えていきました。あの苦行のような宿題からようやく解放されたのかなと思ってみていました。

 

 ところが、この間Shunの漢字の書き取りの宿題をやっているところを見ていると、書き順がめちゃくちゃ。書き順通りに書いていないことはある程度はわかってはいましたが、モチベーションをもって取り組んでくれているのであまり細かく言わなかったのです。しかし、それでも目に余るくらい書き順を完全に無視してShunは宿題に取り組んでいます。

 

 これは今直さないといけないと思ったTkの指導が入ったのですが、Shunは全く聞く耳を持ちません。その日は全くTkのアドバイスを聞いてくれず、高らかにShunが言い放ったことは、”書き順なんてドウデモイインダヨ!”でした。Shunにとってはかき順なんて重要なことじゃないということだということがわかって、その日は終了。宿題も、彼の最適な書き方で書いて終わりでした。たぶんその宿題は丸をもらってきていたんだと思います。

 

 それから考え直したのですが、たぶんShunは1年生の前半の苦行のような宿題で、〇をもらえない状態が長かった結果、ともかく先生の基準をクリアするようにきれいに”見える”文字を書けば〇がもらえる、という最適解を導き出したようです。だから、書き順なんてどうでもいい、という論理が出てくる。そう考えると腑に落ちます。

 彼は、丁寧に字を書くことのみに執着していて、一文字にかける時間は実に1分。単純に考えると100文字あれば100分かかります。書いた文字を何度も消して書き直すので大変。ともかくきれいに”見える”文字を書くことが大事なようです。

 子供なりに生きるすべを身に着けているというか、担任の先生の方向の間違い加減がよくわかる現象です。

 Shunがストレスなく勉強してくれればいいんですが、何とかしなきゃなぁと考え中です。たぶん書き順のことを担任に言うと、×になる基準を与えるだけだろうし、Shun自身の宿題に取り組む考えが変わらないとどうしようもないのかもしれません。習字でもやらせればいいんだろうか…