クラゲの発光が細胞ラベリングへ

 GFPというタンパク質は細胞のラベリングによく使われますが、もともとはクラゲから抽出されたものだったんですね。

【知の先端】発光生物学者・下村脩さん 緑色蛍光タンパク質を発見 2008.1.14 12:42 MSN産経ニュースより

緑色蛍光タンパク質(GFP)が入った試験管(右)を手にする発光生物学者下村脩博士(平成19年10月、東京都内)緑色蛍光タンパク質(GFP)が入った試験管(右)を手にする発光生物学者下村脩博士(平成19年10月、東京都内)

■定説覆す仕組みを解明 生命科学に画期的貢献

ホタルなどの生物が作り出す光は神秘的で、多くの謎に包まれている。この生物発光の研究で先駆的な業績を挙げたのは米国在住の下村脩博士だ。1960年代にクラゲから緑色蛍光タンパク質(GFP)を発見。これを標識に使うことで、生きた細胞内で物質の動きを観察できるようになり、生命科学の研究に革命的な進歩をもたらした。
 1961(昭和36)年夏。留学先の米プリンストン大から実験器具を車に積み込み、約5000キロ離れたシアトル北部の臨海実験所へ向かった。沿岸を漂う「オワンクラゲ」が放つ光の謎を突き止めるためだ。

オワンクラゲは、おわん形の傘(直径10〜20センチ)の縁が緑色に光る。ホタルに代表される生物の発光現象は当時、ルシフェリンという発光物質と酵素の反応で起きると考えられていた。このため無数のクラゲを網で捕獲し、体内のルシフェリンを抽出しようと実験を繰り返したが、見つからない。
「ルシフェリンにこだわらず、何でもいいから光る物質を抽出しよう」。“非常識”な提案を教授は認めなかったが、自分で勝手に新しい実験を始めた。発光物質を取り出すためには、光らない状態にしておく必要がある。光った後では、その物質は分解されてしまうからだ。さまざまな薬剤を使って試したが、失敗の連続だった。

「なぜ光るのか。どうすれば抑えられるのか。昼も夜も、ただ考え続けた」。ある日の午後、ボートをこいで海に出た。寝そべって波に揺られながら考えていると、突然ひらめいた。

「生物の発光だから、タンパク質が関係しているはず。それならpHが影響するのではないか」

すぐに実験したところ、溶液を酸性(pH4)にすると光らなくなることが判明。ようやく抽出条件を見つけ、気をよくして溶液を流しに捨てた瞬間、「流しの中がバーッと爆発的に青く光った」。実験所の流しには普段から海水が流れ込んでおり、海水中のカルシウムイオンと反応して強く光ったのだ。

この物質はオワンクラゲの学名にちなんで「イクオリン」と命名した。その後も毎年夏、家族総出で5万匹以上のクラゲを捕り続け、17年かけてその発光メカニズムを解明した。
  しかし、イクオリンは青色なのに、オワンクラゲはなぜ緑色に光るのか−。実はイクオリンを精製した際、緑色に輝く微量の副産物を見つけ、捨てずに分析を続けていた。その正体は緑色蛍光タンパク質(GFP)。この物質が青い光のエネルギーを受け取り、緑の光を放出していることを突き止めた。

「美しいだけが取りえで、何の価値もない物質だった」というGFP。しかし、その発光の仕組みは定説を覆すものだった。蛍光タンパク質のほとんどは、タンパク質と他の発光化合物との複合体だが、GFPはタンパク質だけで自ら発光する変わり種。このため生体内で作り出せる特徴があり、遺伝子工学が進歩した90年代に入って一躍、脚光を浴び始める。



  調べたいタンパク質の遺伝子に、GFPの遺伝子を融合させると、その蛍光が目印になり、目的のタンパク質が細胞内のどこに存在し、どのように運ばれるのかといった分布や挙動が、一目で分かるようになった。GFPを使った蛍光マーカーの登場は、分子生物学基礎医学を飛躍的に進展させた。現在でも生命科学の研究に欠かせない“武器”として、世界中で利用されている。

「こんな物質が存在するとは誰も予想しなかった。発見できたのは奇跡的な幸運。天の恵みです。多くの研究に役立つことができてうれしい」

多数のノーベル賞受賞者を輩出したことで知られる米ウッズホール海洋生物学研究所を6年前に退職した。実験器具は持ち帰り、今も自宅で研究を続ける。

研究テーマはもちろん生物発光。「次は光るキノコ。光る理由が分かっていないし、難しくて誰もやろうとしないから。人がやらないことをやるんですよ、ぼくは」