観察力

 いい選手が、いい監督になるわけではないというのはよく聞く話です。できる人ははじめからできているから、できない人の気持ちや、苦しみが分らない、どう教えればできない人に分ってもらえるのかが分らない…など。むしろできなかった体験を持つ人のほうがいいコーチになるのでしょう。
 この記事で上がっている例はよくそれを説明しています。コーチングの基本は"観察"で、その人の何が問題なのかよく観察すること。それを元に、形式知にとらわれることなく、学習している人と一緒に新しい学習プロセスを作っていくこと。

仕事の「できる人」から部下を「伸ばす人」へシフトする鍵

 小学校1年生の体育の時間、1番低い跳び箱を1人だけ跳べなかったという記憶が残っています。肥満気味で運動ができなかったわたしは、スイスイと跳んで行く同級生を、異星人の姿を追い掛けるように眺めていました。

 そのとき担任の先生が、たまたま校庭にいた校長先生にわたしのコーチ役を依頼しました。「吉田くん、まず跳び箱の上に乗っかってみよう」と言って、校長先生が踏み台からピョコンと低い跳び箱の上にまたがりました。

 「これならできそうだ」。たぶん、わたしはそう感じたのだと思います。皆と一緒に跳ばなければならないというプレッシャーから解放され、校長先生のまねをして跳び箱にまたがりました。

 何度か同じ練習を繰り返しながら、徐々に校長先生はわたしを誘導していきました。そして、その時間のうちに跳び箱を越えられるようになり、何とかクラスの仲間に合流したのです。

校長先生はわたしに、「早くできるようになる人」の常識では考えられないようなゴール設定をしました。校長先生の形式知を教えるのではなく、「できるようになるのが遅いわたし」と一緒に、新しい学習のプロセスを作ってくれたのです。

昨年、サッカー・Jリーグで2連覇を達成した鹿島アントラーズを率いるオズワルド・オリベイラ監督は、コーチとして最も大切な能力は「観察力である」と語っています。選手1人1人の現状をスキル面、精神面などから多面的にとらえていくのです。

 「観察した後にどうするの?」という疑問がわくかもしれません。もちろん相手の状況に応じた指導、コミュニケーションや関係のつくり方は重要です。当然そこにはテクニカルな要素も多く含まれます。

 しかし最も重要なコーチングの根本は、常に観察を心掛ける人としてのあり方だと思います。そこにあるのは、出来上がった形式知に基づくコーチングではなく、今この場で起きていることから学ぶ姿勢です。そんなコーチの姿が、選手の自発性や気付きを引き出していきます。なぜそうなるかといえば、観察を通じてコーチ自身が学んでいるからです。